近年、高齢化社会の進展に伴い、親世帯と子世帯が同居する二世帯住宅が増加しています。しかし、土地と建物の所有者が異なる二世帯住宅では、相続時に思わぬトラブルが発生する可能性があります。
この記事では、実際の事例をもとに、二世帯住宅で起こりがちな相続問題と、「家族信託」と「遺言」を活用した効果的な解決策について詳しく解説します。
二世帯住宅でよくある相続の悩みとは?
二世帯住宅を検討している方や、すでに二世帯住宅にお住まいの方から、以下のような相談をよく受けます。
「親の土地に子が建物を建てて住んでいるけれど、相続の時はどうなるの?」 「同居していない兄弟姉妹との関係が心配…」 「親の財産管理について疑われたくない」
これらの悩みは、二世帯住宅特有の複雑な所有関係から生まれるものです。適切な対策を取らなければ、家族間の深刻なトラブルに発展する可能性があります。
実際にあった二世帯住宅の相続事例
Aさん家族の状況
3年前、70代のAさん夫婦は高齢による体力低下を心配した長男家族から、同居の提案を受けました。そこで、Aさん名義の土地に長男が住宅ローンを組んで二世帯住宅を建築し、1階にAさん夫婦、2階に長男家族が住むことになりました。
しかし、この一見円満な解決策にも不安要素がありました。
Aさんの不安
相続とは、亡くなった方(被相続人)が持っていた財産や権利、借金などの債務を法定相続人が引き継ぐ制度です。相続では以下の特徴があります。
• 年齢を重ね、長男家族に土地を渡したいと考えている
• 財産管理を任せて大丈夫だろうか
• 妻の将来の生活費や介護費用は確保できるだろうか
• 他県に住む長女が「長男がAさんの預金を使い込んでいるのではないか」と疑念を抱いているようだ
• 長男は住宅ローンと固定資産税の支払いで経済的負担を負っている
このような状況は、多くの二世帯住宅で見られる典型的なパターンです。
何も対策しないとどんなトラブルが起きる?
Aさんに相続が発生した場合、何の対策もしていなければ、想像以上に深刻な問題が起こる可能性があります。
まず、相続財産は法定相続人全員の共有財産となるため、遺産分割協議が必要になります。「親の面倒を見てきたのだから土地は当然もらえるだろう」と長男が考えていても、法律上はそうではありません。長女にも相続権があるため、話し合いがまとまらなければ長男が土地を相続できない可能性があるのです。
もし、土地が相続財産の大部分を占める場合、代償金の問題も発生します。
代償金とは、特定の財産を現物で相続する代わりに、他の相続人に支払われる金銭のことで、長男が土地を相続する代わりに、妻や長女に現金で代償金を支払わなければならない可能性が出てきます。
しかし、長男は既に住宅ローンと固定資産税の支払いで経済的負担を負っています。そこに数百万円、場合によっては千万円単位の代償金の支払いが加われば、生活は一気に苦しくなってしまいます。
最も心配なのが、長女の「使い込み疑惑」です。普段から「長男が父の預金を勝手に使っているのではないか」と疑念を抱いている長女が、相続の場面で「今までの分も含めて権利を主張したい」と言い出すことは考えられます。長男からすれば「父の生活費や医療費で必要だった支出」でも、証拠が残っていなければ「使い込み」と判断される可能性があります。こうなると遺産分割協議はまとまらず、調停、さらには裁判にまで発展してしまうかもしれません。
さらに妻が認知症を発症したケースも検討しなければなりません。遺産分割協議には相続人全員の合意が必要ですが、認知症を発症し判断能力が低下した妻が参加するには成年後見人を選任しなければなりません。一度後見人が就任すると、妻が亡くなるまで財産管理を続けることになり、家族は妻の財産について知ることができなくなります。また、相続税を節約するための生前贈与や不動産の活用なども困難になり、結果として多額の相続税で財産が減ってしまう可能性があります。
生命保険金についても同様です。受取人が妻になっている場合、成年後見人の管理下に置かれてしまい、本来であれば家族の生活費や介護費用として自由に使えるはずの保険金が、厳格な管理下に置かれることになります。「家族のための保険」だったはずが、いざという時に使えないという皮肉な状況に陥ってしまうのです。
家族信託と遺言を使った解決方法
これらの問題を解決するために、Aさんには以下の対策を提案することができます。
家族信託については、こちらをご覧ください。
解決策1:家族信託による透明な財産管理
具体的な方法
• Aさんの預金をすべて家族(妻、長男、長女)にオープンにする
• 家族信託契約により、長男を受託者として財産を管理する
• 長女を信託監督人に指定し、管理状況をチェックできる体制を構築する
メリット
• 財産の透明性が確保され、使い込み疑惑を防げる
• Aさん夫妻の判断能力が低下しても財産管理が継続される
• 専門的な相続税対策も実施可能
解決策2:明確な管理ルールの設定
家族信託契約と同時に、以下のようなルールを明文化します。
• 生活費の支給: 父に生活費や介護費用を定期的に支給する
• 報告義務: 長男は定期的に長女に管理状況を報告する
• 監督体制: 長女は財産管理を監督し、必要に応じて意見を述べる権利を持つ
解決策3:遺言による土地の確実な承継
具体的な対策
• 不動産は信託財産とせず、遺言により長男に相続させる
• 遺留分対策として、死亡保険金の受取人を長男に変更する
• 信託財産から遺留分相当額を長女に支払えるよう設計する
解決策4:包括的な相続税対策
設計内容
• 家族信託の契約期間をAさんと妻の両方が亡くなるまで継続
• トータルで相続税が最も安くなる財産承継方法を契約に盛り込む
• 二次相続(妻の相続)も考慮した税務対策を実施
対策後に得られる家族の安心
上記の対策を実施することで、Aさん家族は以下のような安心を得ることができます。
1. 詐欺被害の防止と信頼関係の構築
• 父の認知症発症や死亡後も、信託財産から母の生活費を確保
• 介護費用等の急な支出にも柔軟に対応可能
• 家族が安心して生活を続けられる体制を構築
2. 将来の生活保障
• 父の認知症発症や死亡後も、信託財産から母の生活費を確保
• 介護費用等の急な支出にも柔軟に対応可能
• 家族が安心して生活を続けられる体制を構築
3. 相続税負担の軽減
• 専門的な相続税対策により、長男と長女の税負担を軽減
• 二次相続まで考慮した包括的な節税対策を実現
• 財産価値を最大限家族に残すことが可能
4. 遺留分トラブルの回避
• 長女の遺留分請求にも信託財産や保険金で対応可能
• 事前の取り決めにより、争いを未然に防止
• 円滑な相続手続きの実現
二世帯住宅の相続対策まとめ
二世帯住宅は親子の絆を深める素晴らしい住まい方ですが、相続という将来的な視点から見ると、様々なトラブルの要因が潜んでいることがお分かりいただけたでしょうか。
「両親の面倒は自分が見たい」という長男の善意から始まった同居も、適切な相続対策を怠れば、家族間の深刻な対立を生む可能性があります。
重要なポイント
1. 早期の対策が重要: 家族信託と遺言の活用は、相続発生前にしかできない対策です
2. 専門家との連携: 相続コーディネーターや専門家の助言を受けながら、各家族に最適な対策を検討しましょう
3. 家族間の話し合い: 全ての家族が納得できる解決策を見つけることが何より大切です
二世帯住宅にお住まいの方、または検討中の方は、ぜひ早めに相続対策について専門家にご相談ください。適切な準備により、家族みんなが安心して暮らせる環境を整えることができるはずです。
監修者

宮澤 博
税理士・行政書士
税理士法人共同会計社 代表社員税理士
行政書士法人リーガルイースト 代表社員行政書士
長野県出身。お客様のご相談に乗って36年余り。法人や個人を問わず、ご相談には親身に寄り添い、 お客様の人生の将来を見据えた最適な解決策をご提案してきました。長年積み重ねてきた経験とノウハウを活かした手法は、 他に類例のないものと他士業からも一目置くほど。皆様が安心して暮らせるようお役に立ちます。