知って得! 相続対策の知恵「家族信託と相続税対策」
家族信託は、
①財産承継
②認知症等を想定した財産管理
③相続税の節税策の継続
などに有効な方法です。
大切な財産を“税金”というコストを最小限に抑えながら承継していく方法を事例とともに解説します。
1、障害を持つ子の生活とより多くの財産を孫に残したい
Aさん夫婦には子供が二人います、長男と長女です。長男は結婚して自宅を建てて男の子の孫が一人います。長女は生まれつき障害がありAさん夫妻と同居しています。Aさんには親から相続した住宅(相続税評価額6000万円)と有価証券4000万円、自分の退職金と貯金が5000万円ほどあります。
自分と妻は年金でなんとか暮らしていけます。この財産を障害のある長女の暮らしのために使いながら、できるだけ税金を節約して長男の孫に残してあげたいと考えています。
2、世代を超えた財産承継を実現したい
Aさんは当初、財産承継の方法として遺言を検討しました。Aさんの財産を奥様に遺言で相続させて、奥様が相続した財産を遺言で長女に相続させ、長女が相続した財産を遺言で長男の孫に相続させればよいと考えました。
しかし、この方法にはいくつか課題があることがわかりました。
まず、Aさんが書く遺言で、自分の財産を奥様へ、奥様が亡くなったら長女に、長女が亡くなったら孫へと書いても、法律で有効なのは、Aさんから奥様へ相続させるまでで、その後は付言として書くことはできても、Aさんが書く一枚の遺言では、Aさんの希望を法的効力で実現させることはできません。
法的に可能にするためには、遺言をAさんが書き、奥様が別の遺言を書き、長女が別の遺言を書かなければ実現しません。
また、遺言は後で書き換えられるますし、相続人全員の同意で遺言とは別の遺産分割を行う可能性もあります。そもそも障害を持った長女の遺言が有効にならい可能性もあります。
しかし、家族信託を使えばAさんの意思が有効になる可能性が高まります。
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Aさん→奥様 |
奥様→長女 |
長女→孫 |
遺言(Aさん作成) |
有効性 ○ |
有効性 ☓ |
有効性 ☓ |
家族信託 |
有効性 ○ |
有効性 ○ |
有効性 ○ |
3、世代を超えた財産管理の仕組みを実現したい
Aさんは、親から相続した財産と自分の預金があります。住宅(相続税評価額6000万円)、有価証券4000万円、預金5000万円。
この財産を、妻と長女が住む家の維持管理と、自分と妻の年金と保険で不足した場合の生活費、医療費、介護費用、入院費用にあて、同じく長女の障害者年金で不足した場合の生活費、医療費、介護費用、入院費用にあてたいと考えています。
Aさんは自分が認知症になって財産管理ができなくなった場合に、成年後見制度があることを知りました。いろいろ調べていく中で、その中で自分の考えている我が家のライフスタイルに合った後見を実現していくには、まず、任意後見制度を活用して、その後に成年後見が必要になった場合に、成年後見制度に移行していくことがベターな方法であることを知りました。
しかし、任意後見制度と成年後見制度を組み合わせて使ったとしても、家庭裁判所の判断により、Aさんが希望する成年後見人が選任されるとは限らないこと、さらに監督人が選任された場合に、Aさんの希望する財産管理が実現するとは限らないこともわかってきました。
また、成年後見制度に移行した場合に、節税を目的とした贈与その他の財産の移転も難しくなること、さらに長女にも成年後見人が付いた場合に、財産の移転や管理が複雑になり、Aさんが描いた財産承継と管理が計画通りにいかなくなる可能性もあることがわかってきました。
Aさんは、成年後見制度でカバーできない、Aさんが希望する財産管理も家族信託制度を使えばカバーすることも可能なことを知りました。
4、世代を超えた節税計画を実現したい
Aさんは、相続で親から受け継いだ財産をなるべく次の世代へつないでいきたいと考えています。その財産を繋いでいく過程で発生する相続税。その他の相続コストはできる限り抑えてつないでいきたいと考えています。
Aさんは相続税のシミュレーションを税理士に依頼して、自分から孫の代まで自分の考える相続方法で、自分が考える管理方法(お金の使い方)をした場合に、相続税がどうなっていくのかを計算し、節税方法の検討を行いました。
その結果、税金の節約になる特例とお金の使い方がわかってきました。特定贈与信託を使った生前贈与の活用(後述)、配偶者の税額軽減(後述)、小規模宅地の特例(後述)、孫への生前贈与(後述)、長女の生活費の支出、住宅の改修ないし建替えが節税計画のポイントになってくることがわかってきました。
そして、Aさんが計画した、世代を超えた財産承継と節税計画をAさんの手で実行に移すのは、家族信託制度をフルに活用するしかないとの結論に達しました。
なお、財産承継の総コストを算出するうえで、不動産の登記料と成年後見の専門家報酬、さらに信託銀行を使った場合にかかるコストも家族信託制度を使った場合には、節約できる可能性があることがわかりました。
5、家族信託制度の概要
家族信託制度は、平成19年9月に改正された新信託法の施工によって実現できるようになりました。
家族信託は、信託会社が営利を目的として行っている商事信託とは違い、営利を目的としない民事信託の枠組みで行われます。
簡単に説明すると、家族信託とは、家族の誰かが信託銀行の代わりの立場で、家族の財産を預かって、預かった財産を管理運用するのです。
例えば、長男が信託銀行の代わりに、父親の預金を預かって、父親に代わって家族の生活費を支払うのです。家族信託で預かれるのは、預金だけではありません。不動産も預かることができます。
高齢になった父親が、全財産を長男に預けて(信託して)生活の面倒をみてもらうことにすれば、父親と長男との間で結んだ家族信託契約によって、父親の不動産も父親の預金も長男の名義にすることができます。
この際に不動産や預金の名義変更をしても、信託契約で預けただけですから贈与税はかかりません。贈与税もかからない代わりに、父名義の財産が無くなっても、父の財産は信託財産に形を変えただけですから、父の相続税が無くなるわけではありません。
自宅を預かった長男は、父親の代わりに自宅の維持修繕をして固定資産税も払います。預かった預金で、父親や父親の扶養家族の母親に必要な生活費を渡し、医療費の支払いなどもします。
長男は父親から預かった預金を何にでも使ってよいわけではありません。信託契約に定められた目的に沿った使い方しかできません。信託契約に生活費と医療費の支払いが目的とされていれば、その範囲でしかお金を支払うことができません。
また、信託法では、預かったお金と自分のお金は区分して管理しなければならないと定められているので、長男が自分のお金と父親から預かったお金を一緒にして管理することはできません。
逆に、信託契約で入院費や施設入居費の捻出のために父親から預かった自宅を売却することができるように定められていれば、長男は自宅を売却することができます。
信託契約を結んだ後で、父親が認知症になって判断能力がなくなってしまっても、預金は長男の名義になっていますから、長男が引き出して信託目的に沿って使うことができますし、父親が万一他人に騙されるようなことがあっても、財産は長男の名義になって管理されていますから安全です。
また、自宅を信託契約によって施設入居費に充てるために売却する場合でも、成年後見制度で家庭裁判所の許可を得ることなく売却することが可能です。
信託契約が続いている間に、父親が亡くなった場合には、契約によって信託を終了して、長男が預かっている財産(残余財産)を契約に従って分配することもできます。
例えば、残余財産を母親と長男で半分ずつに分ける契約になっていれば、その通りに実行されます。つまり、信託契約を遺言と同じように使うことができるのです。
さらに、父親が亡くなった後で、信託を終了せずに、財産は長男に預けたままで、母親はそのまま自宅に住んで、父親が預けたお金で生活を続ける契約を結んでおくことも可能です。
信託契約を継続しておいた場合でも、母親が亡くなった後で、残った財産を遺言のように分配する契約にしておくことも可能なのです。
6、家族信託をするのに必要なこと
①家族信託をするために最低限必要なこと登場人物は次の通りです。
委託者 |
信託財産を預ける人 |
受託者 |
信託財産を預かり、 信託目的に沿った管理運用をする人 |
受益者 |
信託財産から利益を受ける人 |
信託 財産 |
委託者が受益者のために 受託者に預ける財産(預金、不動産等) |
信託 契約書 |
委託者と受託者が下記の項目について結ぶ契約です。 信託の目的、委託者、受託者についての決め事、受益者についての決め事、信託財産について決め事、信託がいつから始まってどのような条件で終了するのか、信託財産はどのように管理されるのか、信託が終了すると残余財産は誰が誰にどう分配するのか等 |
②一般的な家族信託運用までのステップ
ステップ |
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1 |
信託の企画 上記①の内容を企画 |
2 |
信託案の作成 士業の専門家と信託契約書案を作成 |
3 |
信託案を金融機関に持ち込んで信託口座等の打ち合わせ |
4 |
信託案を公証人役場に持ち込んで公正証書案を作成 |
5 |
信託契約書を公正証書で作成 |
6 |
信託契約書に基づいて、信託口座を開設し、預金を移動 |
7 |
信託契約書に基づいて、不動産を受託者名義に変更登記 |
8 |
信託目的に沿った、信託の運用を開始 |
7、Aさんの家族信託
Aさんは家族信託をつぎのように企画しました。
委託者 Aさん 受託者 Aさんの長男 受益者 当初受益者 Aさん 二番目の受益者 Aさんの奥さん 三番目の受益者 Aさんの長女 信託財産 住宅(相続税評価額6000万円) 有価証券4000万円 預金2000万円 ※5000万円のうち3000万円は別途使用 信託の目的 受益者の生涯にわたる生活の安定 信託の終了 長女が亡くなった時 残余財産の帰属 長男の孫 |
Aさんの考えは、自分が認知症になるなど判断能力が亡くなった時のことを考えて、自分と自分の扶養親族の妻と長女の住居と生活費の管理を長男に任せることにしました。
Aさんが亡くなった後に、受益権は奥様に引き継がれます。奥様が亡くなった後にその受益権は長女に引き継がれます。
信託は長女が亡くなった時に終了して、残余財産は長男の孫に分配することにしました。
こうしておけば、Aさんが心配している、自分が亡くなった後の奥様や長女の財産管理は心配がなくなります。特に、家が古いのでどこかで建て替えか、住み替えが必要になりますが、その判断も長男にゆだねることになります。
Aさんの考えでは、預金や有価証券は長女が無くなるころにはほとんどなくなってしまいます。現在自宅を持っている長男に住居を渡すより、孫に直接渡した方がよいと考えたのです。
8、Aさんの相続税対策
Aさんの財産は下記の通りです。
住宅 相続税評価額6000万円 (土地5000万円 建物1000万円)
有価証券 4000万円
預金 5000万円
合計 1億5千万円
この財産をできる限り相続税を支払わずに、有効に使いながら、奥様→長女→長男の孫につないでいかなくてはなりません。
Aさんは、まず障害を持った長女に“特定贈与信託”を使って、贈与税が無税になるように預金を3000万円移転することにしました。
特定贈与信託は、障害を持った子どものために、特別障害者で最高6000万円、特定障害者以外の障害者に3000万円まで無税で贈与し、信託会社を通じてその贈与された資金が障害を持ったお子様に定期的に支給されていく仕組みです。
Aさんは、特定贈与信託を使うことにより、課税対象財産を減らすとともに、贈与税なくして長女の長期にわたる生活資金の管理の一部を行うことができました。
Aさんは家族信託の仕組みを活用して、受益者を連続させるようにするとともに、家族信託の持つ遺言機能を活用して、自分の次にすべての受益権を奥様に与える契約としました。
家族信託税法上の課税はAさんを例にとると次のようになります。
○家族信託契約締結時
Aさんの全財産の名義が長男に移りますが、Aさんが自分の財産を長男に預けた(信託)しただけで、自分の家に住んで自分のお金で生活していると同じことなので、贈与税はかかりません。
ただし、不動産の名義変更の登記料(登録免許税)はかかります。また、自宅の固定資産税は長男宛に納付書が届くことになります。
○Aさんが亡くなったとき
Aさんが亡くなった時に、Aさん名義の財産は何もない計算になりますが、長男が預かっている財産はAさんのものと考えて、税法上は相続税の計算をすることになります。
そのAさんの財産を誰が引き継いだかというと、奥様が次の受益者になるわけですから、Aさんの全財産を引き継いだことになります。
仮に、Aさんが信託契約締結後すぐに亡くなってしまったとしても、信託締結時のAさんの財産は、1億2千万円(1億5千万円-3000万円特定贈与信託)ですから、“配偶者の税額軽減の特例”を使えば相続税はかかりません。
配偶者の税額軽減とは、相続で配偶者が相続した遺産が、法定相続分までは課税しない、あるいは配偶者が相続した遺産のうち1憶六千万円までは課税しない・・・という法律です。
例えば、5億円の遺産を配偶者と子供で分割した場合に、配偶者の法定相続分は二分の一ですから、配偶者が2億5千万円取得しても課税されないということです。また、1億6千万円の遺産を配偶者と子供で分割する場合、配偶者の法定相続分は二分の一の8千万円ですが、全遺産の1億6千万円を配偶者が相続しても、相続税は課税されない法律になっているのです。
○奥様が亡くなるまでと亡くなった時
Aさんは、奥様が亡くなるまでの間に一番お金が使われると考えています。奥様と奥様の扶養親族の長女の生活費と医療費、さらに家の建て替えか住み替えが予定されています。
生活費等が年200万円としても10年で2000万円、長女が亡くなるまで住める家の建て替えには3000万円はかかると予定しています。
Aさんの金融資産は、預金と株で6000万円ですから、計画通りになれば1000万円ほどしか残らないことになります。
奥様が亡くなられた時の相続人は、長男、長女の二人です。現在の相続税の基礎控除が3000万円+600万円×法定相続人の数ですから、奥様が亡くなられた時の相続税の基礎控除は4200万円です。
土地の評価が5000万円、建物は3000万円で建て替えたとしても、評価額として申告書に計上されるのは固定資産税評価額ですから1000万円程度です。
預金の1000万円と合わせてもトータルで7000万円です。相続税の基礎控除は越えますが、信託契約で全財産が(受益権)が長女に継がれることになっているので、自宅に住んでいた長女に“小規模宅地の特例”が使えます。
小規模宅地の特例とは、亡くなった方の住んでいた居住用の家屋を相続した同居の親族は、土地の評価が80%減額してもらえる制度です。
家族信託を使っていても小規模宅地の特例は使えますから、Aさんの土地の評価額は、5000万円の20%の1000万円で評価することが可能です。
そうなると、奥様が亡くなった時の相続税の課税財産は、預金1000万円+建物1000万円+土地1000万円の合計3000万円ですから、基礎控除の4200万円以下となって、相続税の申告書の提出は必要ですが、相続税はかからなくなります。
信託が終了する時
長女が亡くなって、この家族信託は終了します。残余財産は長男の孫に引き継がれます。
この時に、土地5000万円、建物1000万円、預金1000万円の合計7000万円の遺産が残っていたとすると、長男が生きていれば法定相続人は一人でも基礎控除は3000万円+600万円=3600万円となります。
相続税の総額は遺産の7000万円-基礎控除3600万円=3400万円に課税されます。税額は通常の相続税額480万円に相続人以外の孫が相続することになるので2割加算される法律があり、576万円の相続税となります。
信託終了時の節税は、時々の法律改正に合わせながら、終了までに検討できる可能性を信託契約の中に残しておくことにしました。
9、まとめ
家族信託契約に“資産の移転”があれば、その企画に税金(節税)は切り離せないテーマになります。
よく、家族信託は「節税にならない」というお話をお聞きしますが、家族信託そのものが節税にならなくても、家族信託を使っても、ほとんどすべての相続税、贈与税、所得税の節税策は使えるのです。
言い換えれば、家族信託の仕組みを使えば、世代を超えた節税の仕組みを作ることができるし、認知症等により節税計画がストップしてしまうこともある程度防ぐことができます。
家族信託をお考えの方は、税務対策をお忘れにならないようにお願いいたします。