間違いだらけの遺言内容
1. 遺言の内容のチェック
自分で作った文書は、自分では何度も確認しているつもりでも、誤りに気づけないことがあります。
公正証書遺言の場合は、作成に法律のプロである公証人が関与するため、遺言の法定要件をチェックしてもらうことができ、相続発生後に、望む遺産分割を実現できる可能性が高くなります。
しかし、自筆証書遺言は遺言者が1人で作成することができ、遺言内容のチェックが入らないため、作成した遺言に不備があっても気づけずに遺言が無効となってしまうケースも多くあるのです。
作成した遺言に不備があり無効となってしまった場合、相続人は遺言を使って相続手続きをすることができないため、「遺産分割協議」を行って相続手続きを進める必要があります。
遺産分割協議は相続人全員が同意をしなければ成立しませんので、家族や財産構成によっては相続争いが発生してしまう可能性があります。
遺言を作成する際は遺言の形式的な要件に注意ことはもちろん大切ですが、作成した遺言が確実に実行されるためには、遺言の内容にも注意する必要があるのです。
2. 間違いや困った遺言の例
相続が始まって遺言を開封してみたら、遺言自体に問題があり遺言を使って相続手続きをすることができない、というケースは珍しくありません。
しかし、遺言に問題があることがわかるのは遺言を書いた人が亡くなった後ですから、その遺言が使えないとなると遺産分割協議をするしかありません。
特に、自筆証書遺言の場合は遺言に書かれた財産と実際の財産の情報が違ったりと、様々な問題が発生する可能性があります。
この章では、自筆証書遺言でよくある間違った遺言や公正証書遺言でも発見しづらい相続人にとって困る遺言の例をいくつか挙げ、その解決策についてご説明していきます。
①不動産の表示の記載間違い
遺言によって不動産を特定する場合は、「登記簿謄本」に記載された地番や家屋番号をそのまま記載しなければなりません。
特に土地の場合は普段使っている住所とは異なることが多いため、注意が必要です。
遺言で不動産を特定する場合には、以下の項目を記載します。
【土地の特定】 |
【建物の特定】 |
・所在 |
・所在 |
・地番 |
・家屋番号 |
・地目 |
・居宅 |
・地積 |
・構造 |
・床面積 |
例えば、「神奈川県川崎市中原区井田1丁目2番3」の土地を「神奈川県川崎市中原区井田123」
というように省略して書いてしまうと、不動産を特定できない可能性があります。
上記の項目に従って、登記簿謄本に記載されているとおりに書きましょう。
②預金口座の記載間違い
遺言で預金口座の遺産分割について記載する場合は、どの預金かを特定できるように、金融機関や口座番号を正確に記載します。
あらかじめ通帳など口座の情報が記載されている資料を準備しておきましょう。
預金を特定する場合には、以下の項目を記載します。
【預金の特定】
・金融機関
・支店名
・預貯金の種類
・口座番号
口座番号を1桁でも間違えてしまうと、預金が特定できなくなる可能性もありますので、何度も確認して間違いのないようにしましょう。
財産の特定には正確な情報が求められますが、口座の残高については記載しないのが一般的です。
遺言は元気なうちに作成するため、亡くなるまでに残高は増減します。もし、遺言作成時には500万円だった預金が相続時には800万円まで増えていたら、増加した300万円分には遺言の効力が及ばず、遺産分割協議となる恐れがあるのです。
また、同じ金融機関に普通預金と定期預金の両方を持っている場合に、定期預金についての記載を忘れるケースが多くあります。定期預金も相続財産ですので、忘れずに記載しましょう。
③承継する人の氏名の間違い
財産を承継させる人の名前は、戸籍に記載されているとおりに書きましょう。
これは、誰が見ても承継人がはっきりと分かるようにしなければ、違う人が財産を承継してしまうことになりかねないからです。
例えば、「甲不動産を〇〇のおばちゃんに遺贈する」のように、ニックネームでの指定は、本人の特定ができず、遺言が無効となってしまう可能性があります。
また、「高橋」と「髙橋」のように、普段は簡単な方の漢字を使っていて、戸籍上は難しい方の漢字で登録されている場合もあります。
戸籍と異なる氏名を書いた場合にも、遺言が無効となる可能性がありますので、注意が必要です。
④土地の共有になっている私道を書き忘れる
持っている不動産の周りに共有の所有になっている私道があるケースがあります。
この私道も相続財産に含まれますので、書き忘れにご注意ください。
例えば、土地と建物については長男に相続させる旨の遺言を作成しても、その周りにある私道を書き忘れてしまった場合、私道については遺産分割協議の対象となります。
そのため、土地と建物は長男のものとなっても、私道は次男が相続することになってしまう可能性があるのです。
私道を通らないと公道に出られない土地だと、長男が私道を取得しなければ建物の再建築や土地の売却ができず困ります。
私道を持っている場合は、必ず遺言で相続人を指定しておきましょう。
しかし、私道が共有になっている場合、共有財産の固定資産税の通知は共有者全員に来るとは限りません。
もしかすると、遺言者には固定資産税の通知が来ておらず、私道の存在を忘れている可能性があります。また、そもそも固定資産税が課税されていない私道もあります。
漏れのない遺言を作成するために、財産調査を専門家に依頼することも有効な手段です。
⑤未登記の家屋を書き忘れる
自宅の隣に別棟の物置やガレージハウスを設置している場合があります。
このような物置も「家屋」として扱われるため、固定資産税の名寄帳に載っていることがありますが、登記まではされていないケースが多いです。
登記がされていない家屋には登記簿謄本がないため、財産調査から漏れてしまいます。
そうなると、物置は遺産分割協議の対象となり、その結果、自宅と物置の相続人が異なることになったり、物置だけが共有財産になったりとトラブルの原因になります。
未登記の家屋は役所で固定資産評価証明書を取得し、そこに記載されている情報に基づいて遺言を作成しましょう。
ただし、未登記の家屋は役所も正確に把握しているとは限りません。
固定資産評価証明書に記載されている床面積よりも実際の方が狭かったり、地番が異なる場合があります。
そうなると、遺言に記載された家屋と、実際の物置が同じ建物であると認められず、遺言の通りに相続できなくなる可能性があるのです。
未登記の家屋がある場合は、遺言を作成する前に家屋登記を申請しておくのも一つの方法です。
⑥「相続させる」と「遺贈する」を間違える
「相続させる」と「遺贈する」。
一見同じような意味合いに思われますが、実は相続では全く異なる意味合いで使われます。
「相続させる」は、「長男〇〇に甲土地を相続させる」というように、法定相続人に対して財産を渡したいときに使用する表現です。
一方で「遺贈する」は、法定相続人以外に財産を渡したいときに使用します。
法定相続人に財産を渡す場合にも「遺贈する」と書くことはできるのですが、遺贈には注意するべき点があります。
それが不動産登記手続きです。
例えば、法定相続人である長男に甲土地を相続させる旨の遺言を書いたとします。
この場合、長男は単独で甲土地の名義変更の手続きを行うことができます。
一方で、甲土地を友人に遺贈する旨の遺言を作成した場合はどうでしょう。
この場合、友人は他の法定相続人全員と共同して甲土地の名義変更の手続きを行わなければならないのです。
そのため、遺贈の場合には手続きにかなり時間がかかってしまうのです。
また、相続人の中に1人でも遺言内容に反対の人がいると、手続きがなかなか進まず、相続争いに発展してしまう可能性もあります。
法定相続人へ財産を渡す際は、「相続させる」という表現を利用しましょう。
⑦不動産を寄付することで相続人に譲渡所得がかかる
「自分の生きた証を後世に残したい」「生前お世話になった団体に恩返しがしたい」という理由から、遺言で自分の財産を寄付する方が増えてきています。
しかし、不動産の寄付は譲渡所得税がかかってしまう可能性があるため、注意が必要です。
通常、譲渡所得税はその不動産を取得した費用(減価償却費控除、譲渡費用含む)よりも譲渡した時の価額の方が高い場合に、その差額に対して課税される税金です。
寄付の場合は譲渡所得に当たらないように思えますが、実は不動産を寄付した場合には、譲渡をしたと「みなして」譲渡所得税が課税されるのです。
例えば、寄付した人は3,000万円で不動産を取得したが、寄付するときには自宅の時価が5,000万円まで上がっていたとします。この場合、売買は発生していませんが譲渡があったとみなして、差額の2,000万円に対して譲渡所得税が課税されます。
また、譲渡所得税を支払うのは寄付を受けた人ではなく、「寄付をした人の相続人」なのです。
ですから、遺言で不動産の寄付を指定して譲渡所得税がかかると、自分の子供や妻(夫)が譲渡所得税を支払うことになってしまいます。
相続人に大きな負担をかけないために、寄付を検討している場合は専門家である税理士にご相談ください。
⑧相続税を遺産から支払う書き方をしてある
「相続税は遺産の中から支払うこと」
遺言にこの言葉が書いてあると、相続人は安心して相続税を支払うことができるように思えますが、実はこれは相続人にとって非常に厄介な言葉なのです。
一般的に、相続税はもらった相続財産の中から自分で支払います。
しかし、「相続税は遺産の中から支払うこと」と書いてあると、
例えば、Aさんは1,000万円相続し、相続税額は100万円だった場合、
Aさんの相続分は相続税額を合わせた1,100万円になります。
そうすると、Aさんの相続した1,100万円に対して110万円の相続税がかかることになり、相続分は1,210万円。
これに対して121万円の相続税がかかり…..と、永遠に相続税が増え続けてしまいます。
相続人が混乱する原因となってしまいますので、相続税は各自の相続分から支払うことができるように遺言を作成しましょう。
⑨遺言執行人をつけた方が良いケースでつけていない
遺言執行者とは、遺言の内容を正確に実現できるように、相続人を代表して相続手続きを進める人のことです。
遺言執行者は遺言で指定することができますが、指定しなくても法律上は問題ありません。
しかし、遺言執行者をつけた方が良いケースでつけていないと、なかなか相続手続きが進まず、最終的には相続争いに発展してしまう可能性があります。
遺言執行者をつけた方が良いのは、具体的に以下のようなケースです。
・相続人以外の人に財産をあげるケース
・事務処理能力がない相続人がいるケース
遺言執行者がいる相続では、各種名義変更などの手続きを遺言執行者が単独で行うことができます。
例えば、遺言に「全財産を愛人〇〇に遺贈する」と書かれていたとします。
遺言執行者がいない相続では、愛人への名義変更手続きを相続人全員で共同して行わなければなりません。
しかし、相続人の中に1人でも遺言内容に納得していない人がいると、相続手続きが進まなくなってしまいます。
このようなケースで遺言執行者がついていると、スムーズに手続きを進めることができるのです。
⑩遺言に書いてない財産の処理が書いてない
遺言は元気なうちに書くものですので、遺言を書いてから亡くなるまでに財産が増え、亡くなってから遺言に記載のない財産が見つかるケースは多くあります。
このような場合、遺言に記載のない財産の処理について書いていないと、遺産分割協議によって誰が相続するかを決めることになってしまいます。
遺産分割協議は相続人全員で行わなければならず、争いの発生しやすい手続きです。
遺言はこの協議をしなくて済むように争族対策として作成する面もあるのです。
しかし、せっかく遺言を作成したのに遺産分割協議をしなければならないとなると、結局争いになる可能性が高くなってしまいます。
このようなことを防ぐために、遺言には遺言に記載のない財産をどのように処理するかをあらかじめ書いておく必要があります。
「遺言に記載のない財産については長男〇〇に相続させる」や「法定相続分で分割する」のように、包括的に指定しておくと良いでしょう。
3. まとめ
自筆証書遺言を作成する際は、氏名を書いて印を押すなどの形式的な要件にも注意が必要ですが、遺言の内容についても慎重に検討するべき点がいくつもあります。
法務局に保管する場合でも法務局が内容までをチェックしてくれるわけではありませんので、遺言を作成する際は、相続に詳しい税理士と行政書士へ相談することをお勧めいたします。
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遺言の作成をご検討のお客様は、ぜひ一度ご相談ください。