故人が残した遺言書を見て「この内容では納得できない」「もっと平等に分けたい」と感じることがあるかもしれません。遺言は故人の最後の意思として法的に尊重されますが、実は一定の条件下では遺言と異なる遺産分割を行うことも可能です。ただし、相続人全員の合意や遺贈の放棄、税務上の注意点など、複数の要件を満たす必要があります。本記事では、遺言の内容を変更する方法とその注意点について詳しく解説します。
遺言と異なる遺産分割は可能か
遺言は相続人だけでなく第三者にも財産承継の意思表示ができます。遺言に納得できない場合、異なった財産の分け方ができるのか検討してみましょう。「相続人全員で遺産分割すれば良い」とは一概には言えず、遺言内容を検証し、ルールに基づいて行う必要があります。遺言は法律で定められた故人の最後の意思を実現する方法です。たとえ不公平だと感じても、遺言は優先されます。しかし、遺言に従うことで相続人同士の争いとなることは避けたいものです。ここでは、遺言と異なる遺産分割協議が行える条件について、ケース別に説明します。
相続人は遺言と異なる遺産分割を行えるのか
結論からすると、遺言のとおりにしないで済む可能性があります。遺言のメリットの一つに、相続人は遺産分割協議をすることなく相続手続きをスムーズに進められることがあげられます。しかし、相続人が望まない遺言であった場合、どうすればよいでしょうか?
遺言を遺した故人の意思は法律で尊重されるように定められています。一方で、財産を引き継ぐ側にも、相続放棄や法定相続分が法律で定められています。最大限に尊重されるべき故人の遺志と実際に財産を相続する相続人の考えが違っても不思議はありません。そもそも遺言の内容に不備があった場合は効力をもちません。遺言は法的に有効となる要件が決められているので、遺言そのものが無効であれば、遺言の有効性を争い、法定相続を基準とした遺産分割を行う選択もあります。
遺言に従わないで済む方法
相続人全員で遺産分割協議をする
遺言者の遺志が相続人と違った場合に、相続人全員で遺産分割協議をし、全員の承諾のもと遺産分割協議書に署名して印鑑証明の印を押印すれば、遺言に従わずに遺産を分割できます。しかし、これは一人でも反対すれば、全員の承諾=全員の署名押印は揃いませんから、遺言の通りにするしかありません。
ただし、遺言で財産をもらう人の中に相続人以外の人が含まれていると、前述の遺産分割協議は難しくなり、やるべきことが少し違ってきます。なぜなら、相続人以外の人は、遺産分割協議には参加できません。もし、相続人以外の人が遺言に書かれている財産の受け取りを放棄すれば、相続人全員で遺産分割協議をして財産を分けることが可能です。
このようなケースで、相続人全員の遺産分割協議の結果として、相続人以外の人に何かしらの財産をあげると決定したとします。これは遺言による「故人の遺志」ではなく遺産分割協議による「相続人の意思」となり、相続人からの贈与となります。贈与税の税率は相続税の税率よりはるかに高率ですから、この方法は迂闊に使えません。相続専門の税理士に相談する必要があります。なお、令和6年(2024年)1月1日以降の贈与からは、相続開始前7年以内の贈与が相続税の対象に段階的に含まれるようになるため、贈与税への影響も慎重に検討すべきです。
遺贈の放棄は「包括遺贈」と「特定遺贈」で異なる
遺言が、相続人以外の人に財産を譲る「遺贈」であった場合の、放棄について見ていきます。遺贈には「特定遺贈」と「包括遺贈」の2種類あります。遺言の書かれ方によって放棄の方法が異なります。つまり遺言と違う分け方をするためのアプローチが変わります。
特定遺贈
特定遺贈とは遺産のうち、この財産は誰々に遺贈すると特定して書くことを言います。遺贈を受ける財産以外については権利義務を引き継ぐことがありません。
➡放棄するには、 その財産をもらう人が「いらない」という意思を、他の相続人に伝えればそれで済みます。
包括遺贈
包括遺贈とは、個別の財産を指定せず、「全財産をAさんに渡す」とか「全財産の2分の1ずつAさんとBさんに渡す」というように割合で書いて遺贈することです。全財産のうち何をどう分けるかは決まっていないので協議で決めていきます。
包括遺贈を受けた受遺者のことを、包括受遺者と言います。包括受遺者は相続人と同じ権利と義務を持ちます。故人のプラスの財産だけでなく、マイナスの財産(借金や債務)があれば、それを引き継ぐので協議にも相続人以外の受遺者は相続人と同じ立場で参加します。しかし、全く同じではなく、他の相続人が相続を放棄した場合に、その放棄した財産は相続人の間で分けることになりますが、相続人以外の受遺者はその部分を分けてはもらえません。
➡放棄するには 家庭裁判所での相続放棄の手続きが必要になります。原則として相続があった事を知ってから3ケ月以内に家庭裁判所に申述する方法です。相続人以外の受遺者がいる場合も、同じように正式な相続放棄の手続きをとります。
遺言執行者が設定されている遺言の場合
故人の遺志である遺言を実現する法律上の仕組み「遺言執行者の制度」があります。遺言執行者は遺言を執行するために選ばれる人で、相続人が遺言執行者の執行を妨げることはできません。相続人が何を言おうと遺言執行者には遺言に従って実行する権限があります。
しかし、実務上では相続人全員が遺言と違う分け方に合意している場合、遺言執行者も相続人の意向を尊重して、遺産分割協議に基づく分割を認めることもあります。ただし、執行者との打ち合わせが不十分ですと、執行者が預金の解約、配分から不動産登記などの相続手続きを済ませてしまっていたということにもなりかねませんので、注意しましょう。
なお、令和6年(2024年)4月1日からは相続登記が義務化され、相続や遺言によって不動産を取得した相続人は、所有権の取得を知った日から3年以内に相続登記の申請をしなければならなくなりました。遵守しない場合には10万円以下の過料が科される可能性があります。
遺留分の範囲で最低限相続できる財産を確保
遺言に従って分割せざるを得なかったとしても、遺言の内容に遺留分が確保されていないのであれば、遺留分侵害額請求をすることができます。遺留分は、兄弟姉妹以外の相続人に認められている最低限の相続権です。結果、遺留分の範囲で遺言の内容に従う必要はないことになります。平成30年(2018年)の相続法改正により、「遺留分減殺請求」から「遺留分侵害額請求」へと名称・内容が変更されています。
まとめ
遺言に書かれた受遺者や相続人全員の承諾が得られる場合、遺言と異なった遺産分割をする方法が可能になることがお分かりいただけたと思います。遺産を遺される方々が良好な関係にある場合、相続人全員による話し合いが円滑に行え、遺言以外の方法で遺産分割手続きへ駒を進めることができそうです。逆に、相続人の間がギクシャクとしていたり、相続人のうち一人でも納得できずに聞き耳を持たなかったりすると、相続手続きの長期化につながります。
このような状況になってしまっても、法律的な効力をもつ遺言があれば遺言のとおりに分けることができ、相続人同士の負担を減らせるのではないでしょうか。遺言そのものが有効であることが前提ですが、遺言には保険的な役割があると言えます。
遺言に書かれた方法以外で財産を分けるときには、相続税、贈与税の検討が必要になります。特に贈与税は税率が高いので相続専門税理士への相談は欠かせません。また、令和6年(2024年)からの税制改正により、亡くなる前7年以内の贈与が段階的に相続税の対象となることも考慮すべきです。無駄な税金を払わずに済むように事前に相談することをお勧めします。