役員貸付金が大きなトラブルに? 相続の際の注意点とは?
2021年版の中小企業庁による「中小企業白書 小規模企業白書 下巻」を参考にすると、現在日本にある中小企業は何と全企業数の中で99.7%を占めていると発表されています。(※2016年時点)つまり、日本の企業はほぼ中小企業と言っても過言ではありません。大企業とは異なり、中小企業は親族経営で行われているところも大変多く、会社の株主である親族や経営者自身と経営する法人との間でお金の貸し借りを行っていることがあります。では、会社からお金を「借りている」役員などが亡くなった時にはどんなトラブルが起きる可能性があるでしょうか。そこで、この記事では「会社からの借入と相続」に焦点を当てて詳しく解説します。
◆中小企業で起きやすい役員貸付金と相続の問題とは?
中小企業は親族経営で経営しているケースが非常に多く、経営者から役員まで親族が多数を占めていることが多くなっています。特に数人~数十人規模の中小企業は代々親族で経営してきていることが多く、事業資金についてのお金の動きも同族間で動かすためか本来は個人と法人の間に明確な線引きが必要であっても、どこか同じ財布の感覚で動かしてしまうことがあります。そこで問題となるのが「役員貸付金」の存在です。
役員貸付金とはどのようなもの?
役員貸付金とは、法人から同法人の役員に対して貸しているお金のことを指します。一般的な雇用関係では会社からお金を借りる事情が想像しにくいかもしれませんが、役員貸付金は次のような場合によく行われるものです。
1.一時的な役員報酬として支払う
2.領収書が無くなってしまった、切れなかった際の資金使途として
3.やむを得ない事情で法人からお金を借りて費消したい場合
役員貸付金とは対照的に、「役員借入金」というものもあります。これは役員から法人にお金を貸す方法です。一時的な資金調達を手軽に法人が行いたい、などの際に行われます。
役員貸付金 法人→役員へ 役員借入金 役員→法人へ |
役員貸付金にはどんな問題があるのか?
役員貸付金は会社からお金を役員に対して貸すことです。経営開始当初で役員報酬の支払いが難しい場合、など応急処置のような使い方で役員に対してお金を法人が貸すケースもよくありますが、法人と役員という2つの財布を混同しないようにきっちりと線引きを行う必要があります。同族経営の場合家族間では不自然なお金の動きには見えなくても、融資を行う金融機関側からすると、使途不明にも思える役員貸付金は会社の評価を下げる行為に見えやすく、使い方には十分注意をする必要があります。
そして、問題はここからです。
役員自身は会社からお金を「借りている」状態ですから、このお金は役員個人の債務です。つまり、役員貸付金を残したまま亡くなってしまったら、この債務は相続人が承継する必要が生じます。利益を追求することが目的である法人からの貸付金には利息も発生するので、驚くほどの債務が相続時には発生している可能性があるのです。
◆役員貸付金が残されている!残された相続人はどうするべき?
経営者や役員が会社からの借入である役員貸付金を残したまま亡くなったら、残されたそう相続人はどのように対処するべきでしょうか。ここからは「相続放棄」、「限定承認」、そして「債務免除」という3つの方法を解説します。
相続放棄のメリット・デメリット
残された役員貸付金が高額な場合には、対象となる相続人は相続放棄をすることにより債務を承継しないという方法があります。しかし、相続放棄はそのしくみ上、債務だけを取り除いてその他の財産を承継することができません。相続人の残した一切の財産(不動産や預貯金なども含む)を放棄する必要があります。相続人個人が所有している自宅に住んでいた場合には相続放棄によって自宅をも失うことになるため、慎重に判断をする必要があります。
○相続放棄のメリット
1.高額の債務も一切放棄できる。
(※金融機関からの借入に関する保証債務なども同時に放棄できる)
2.相続税の申告も不要となる。
3.受取人指定の生命保険金などは受け取ることに問題がない。(受取人固有の財産となるため)
○相続放棄のデメリット
1.相続放棄をする場合には、不動産や預貯金、有価証券などの一切の財産を放棄する。
2.相続放棄によって次の相続人へと順位が移動してしまうため、対象となる親族間で連携をしっかり取らないと相続放棄できない可能性がある。
3.相続放棄は撤回できない。
4.法人所有・個人所有の財産が混在している場合、個人所有の相続財産を放棄することにより、事業の継続が難航する場合がある。
※相続放棄は相続開始を知った日から(亡くなった日とは限りません)3か月以内に家庭裁判所へ申立を行う必要があります。事業承継等に伴い相続放棄に難航しそうな場合には、「相続放棄期間の伸張の申立」を家庭裁判所へ行い、手続き期間を待ってもらう方法もあります。伸張は相続財産の特定が難しいケースなどによく行われており、ポピュラーな手続きです。
限定承認のメリット・デメリット
相続放棄は相続人の残した財産をすべて放棄するため、場合によっては家を失うなどのデメリットがあります。そこで、限定承認という選択肢もあります。残された財産を超える債務に関しては放棄をすることができるため、事業承継の場面などでは時折利用されます。しかし、相続放棄と比べると難解な手続きです。
○限定承認のメリット
1.相続財産の範囲を超える債務は返済しなくて良くなる。
2.先買権によって鑑定人による評価額を支払えば財産を取得できる
3.放棄したくないものを守ることができる
○限定承認のデメリット
1.譲渡所得税を支払う必要がある(準確定申告が必要であり、難解)
2.家庭裁判所が求める手続きが難解
3.相続税の特例を利用できない
4.相続放棄と異なり、相続人全員で手続きに臨む必要がある
このように限定承認は手続きの難解さ、相続人同士の連携など難易度の高い手続きが求められています。また、税金面でも単純承認や相続放棄よりも煩雑な手続きが発生するため、士業によるアドバイスの下で行うことが一般的です。相続放棄をどうしても避ける必要がある方が選ぶ方法と言えるでしょう。
債務免除のメリット・デメリット
ここまでは家庭裁判所へ相続人自身が行う手続きについて解説しましたが、最後に紹介をするのは「債務免除」です。会社が役員に貸していたお金に関して債権を放棄する方法があります。
○債務免除のメリット
1.借入していた役員貸付金について返済義務がなくなる
2.相続放棄や限定承認をしなくて良い可能性がある(その他の債務に注意)
○債務免除のデメリット
1.債務免除相当額については所得税もしくは贈与税が課税される
2.会社が一方的に債務免除した場合、予告なく上記課税が発生してしまう
※但し、相続人が経済的に困窮している場合には債務免除の際に贈与税がかからない場合もあります
◆まとめ
この記事では中小企業の経営にとって身近な「役員貸付金」と相続について解説を行いました。相続時に判明した債務に関しては、速やかに財産調査を行いどのような方法で解決するべきか考える必要があります。そうなる前に、現在役員貸付金がすでに多額になっており、相続に向けて解決策を探している場合には、お気軽に税理士へご相談ください。