相続税の申告期限までに適切な遺産分割を行うことで、配偶者の税額軽減や小規模宅地の特例など、大幅な節税が可能になります。本記事では、遺産分割と相続税の関係、活用できる特例、そして具体的な進め方を分かりやすく解説します。
遺産分割で後悔する人が多い理由とは?
「父の相続では何も考えずに遺産分割してしまった」という後悔の声を多く聞きます。
相続のご相談に来られる方の中には、「前回の相続では特に何も考えずに遺産分割したけれど、こんなに税金がかかるなんて知らなかった」と後悔されている方が少なくありません。
実は、相続税には様々な特例があり、誰がどの財産を相続するかによって、最終的な税額が数百万円、場合によっては数千万円も変わってくることがあるのです。しかし、これらの特例の多くは「遺産分割が完了していること」が適用の条件となっています。
つまり、相続が発生してから慌てて遺産分割を進めるのではなく、生前から計画的に誰がどの財産を相続するかを考えておくことで、確実に特例を活用し、大きな節税効果を得ることができます。
遺産分割と相続税の関係を知っていますか?
遺産分割が相続税の申告期限までに完了しないと、本来使えるはずの特例が適用できず、相続税の負担が大きくなります。
相続税法には、遺産分割がまとまることを条件として認められている特例がいくつも存在します。これは逆に言えば、相続人同士で争いが起きて遺産分割が相続税の申告期限(相続発生から10か月以内)までに行えない場合、本来使えるはずだった特例が使えなくなり、税金が高くなってしまうということです。
例えば、遺産総額が1億円の場合、適切な遺産分割と特例の活用により相続税がゼロ円になる可能性もあれば、遺産分割が整わずに特例が使えなければ数百万円の相続税が発生することもあります。
遺産分割を計画的に進めるポイント
• 相続発生前に家族で話し合いの場を持つ
• 各相続人の希望と税務上のメリットを整理する
• 専門家のアドバイスを受けながら最適な分割方法を検討する
配偶者に対する相続税額の軽減とは?
配偶者は1億6千万円または法定相続分のいずれか多い方まで相続税がかかりません。
配偶者に対する相続税額の軽減は、相続税の特例の中でも特に節税効果の高い制度です。亡くなった方の配偶者は、相続財産のうち1億6千万円または法定相続分相当額のいずれか多い金額まで、相続税が非課税となります。
具体例1:遺産総額1億6千万円の場合
遺産総額が1億6千万円で、その全額を配偶者が相続した場合を考えてみましょう。
1億6千万円(遺産総額) と 1億6千万円(特例の上限)
結果: 本来であれば相続税が発生するはずですが、特例により全額が非課税となります。
具体例2:遺産総額5億円の場合
遺産総額が5億円で、配偶者が法定相続分の2分の1(2億5千万円)を相続した場合を考えてみましょう。
1億6千万円(特例の基準額) と 2億5千万円(法定相続分)
いずれか多い方 = 2億5千万円まで非課税
結果: 配偶者が相続した2億5千万円全額に対する相続税はゼロ円となります。
このように、法定相続分が1億6千万円を超える場合は、法定相続分まで非課税枠が拡大されます。
重要なポイント
この特例を使うためには必ず相続税の申告が必要です。「配偶者の税額がゼロなら申告不要」ではありませんので、ご注意ください。申告期限は相続開始から10か月以内です。
注意点
配偶者がすべて相続すれば当面の相続税は大幅に減りますが、配偶者が亡くなった際(二次相続)には、子供たちの相続税負担が重くなる可能性があります。一次相続と二次相続のトータルで考えることが重要です。
小規模宅地の特例でどれくらい節税できる?
自宅やアパートの敷地評価額を50%または80%減額できます。
小規模宅地の特例は、亡くなった方が居住していた自宅の敷地や、賃貸経営していたアパートの敷地などについて、一定の条件を満たせば評価額を大幅に減額できる制度です。
自宅の敷地の場合(特定居住用宅地等)
評価額を80%減額できます。
• 通常の評価額:5,000万円
• 特例適用後:1,000万円(80%減額)
• 上限面積330㎡
適用条件の例(一部)
• 配偶者が取得する
• 同居していた親族が取得し、申告期限まで居住・所有を継続する等
賃貸アパート等の敷地の場合(貸付事業用宅地等)
評価額を50%減額できます。
• 通常の評価額:5,000万円
• 特例適用後:2,500万円(50%減額)
• 上限面積400㎡
適用条件の例
• 事業を引き継ぐ親族が取得する
• 申告期限まで貸付事業を継続する
このように、誰がどの財産を相続するかによって、特例が使えるかどうか、そして最終的な相続税額が大きく変わってきます。財産の種類と相続人の関係性を考慮した遺産分割の計画が重要です。
相続税申告をしないと使えない特例は?
多くの特例は相続税申告が適用の必須条件です。
相続税には基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)があり、遺産総額がこれを下回れば申告不要ですが、特例を使う場合は、たとえ税額がゼロになったとしても申告が必要です。
相続税申告をしないと認められない税額控除
1. 配偶者の税額軽減 – 亡くなった人の配偶者は、課税価格の合計額のうち配偶者に係る法定相続分相当額、または1億6千万円以下の取得財産には相続税がゼロになります。
2. 贈与税の税額控除 – 亡くなる前3年以内に、亡くなった人から贈与を受けて課税された贈与税額を控除します。(令和6年以降は7年以内の贈与が対象)
3. 未成年者控除 – 亡くなった人の法定相続人のうち未成年者は、満18歳に達するまでの1年につき10万円を乗じた金額を控除します。
4. 障害者控除 – 亡くなった人の法定相続人のうち85歳未満の障害者は、満85歳に達するまでの1年につき10万円(特別障害者の場合は20万円)を乗じた金額を控除します。
5. 相次相続控除 – 10年以内に2回以上相続が開始された場合、前回の相続で課税された税額の一部割合相当額を後の相続の時に課せられる相続税額から控除します。
6. 外国税額控除 – 取得した財産が外国にあり、その財産に対して外国の法令により、我が国の相続税に相当する税が課せられた場合には、その税額が控除されます。
7. 相続時精算課税分の贈与税額控除 – 相続時精算課税摘要財産について課せられた贈与税がある場合には、その人の相続税額から控除します。
※相続時精算課税制度についてはこちらの記事をご覧ください。
これらの控除を適用するためには、相続税の申告期限(亡くなった日から10か月以内)までに、税務署に申告書を提出する必要があります。期限を過ぎると使えなくなる可能性がありますので、早めに準備を始めることが大切です。
相続税を安くする遺産分割の進め方は?
4つのステップで計画的に進めましょう。
相続税の節税を考えた遺産分割を進めるには、次の4つのステップが欠かせません。
ステップ1:基本案を作成する
まずは、ご自身の財産について「どの財産を誰にどう分けたいのか」を整理してみましょう。財産の一覧表を作成し、それぞれの財産について相続人候補を考えます。
• 不動産(自宅、賃貸物件など)
• 預貯金
• 有価証券(株式、投資信託など)
• その他の財産
ステップ2:基本案の相続税を計算する
作成した基本案について、相続専門の税理士に相続税の試算を依頼します。これにより、現状の分割案でどの程度の相続税が発生するのかが明確になります。
ステップ3:節税分割案を作成する
基本案の計算結果をもとに、相続税が最も安くなる遺産分割案を専門家にアドバイスしてもらいます。特例の活用方法、配偶者と子供の相続割合、不動産の分け方などを検討します。
ステップ4:分割案の基準を決める
基本案と節税分割案を比較検討し、何を最優先に考えて分割案を決めるべきか、相続相談に精通した専門家にアドバイスしてもらいます。
• 節税効果
• 遺産の公平性
• 二次相続への影響
• 相続人間の関係性
重要なポイント
節税だけを優先するのではなく、相続人全員が納得できる内容であることも大切です。節税案が必ずしも最良の選択とは限りません。家族の事情や将来の計画も含めて総合的に判断しましょう。
家族信託を活用した節税対策とは?
家族信託で認知症対策と世代を超えた節税策が可能になります。
家族信託は、遺言ではできない柔軟な財産管理と承継を実現できる制度です。相続税対策においても、家族信託を活用することで様々なメリットがあります。
※家族信託についてはこちらの記事をご覧ください。
家族信託のメリット
1. 生前の認知症対策 財産の所有者が認知症になると、不動産の売却や預金の引き出しができなくなります。家族信託を設定しておけば、受託者(家族)が財産の管理・処分を継続できます。
2. 確実な節税策の実行 生前に決めた節税策を、認知症になっても確実に実行できます。例えば、賃貸物件の建て替えや相続税対策のための不動産売却なども可能です。
3. 世代を超えた承継設計 「自分の死後は配偶者に、配偶者の死後は長男に」といった、二次相続以降の承継先まで指定できます。遺言では一代限りの指定しかできませんが、家族信託なら複数世代にわたる承継設計が可能です。
4. 遺産分割協議の円滑化 家族信託で財産の承継先を明確にしておくことで、相続発生時の遺産分割協議がスムーズに進み、特例の適用期限に間に合わせることができます。
家族信託の設計には専門的な知識が必要ですので、信託に詳しい専門家に相談することをお勧めします。
専門家に相談するメリットは?
相続専門税理士と相続コーディネーターの協力で最適な対策が実現します。
相続税対策を効果的に進めるには、専門家の力を借りることが不可欠です。
相続専門税理士の役割
• 財産評価と相続税の試算
• 節税効果の高い遺産分割案の提案
• 特例適用の可否判断
• 相続税申告書の作成
相続コーディネーターの役割
• 家族全体の状況や希望の整理
• 節税と家族の調和のバランス調整
• 遺産分割協議のサポート
• 家族信託など総合的な対策の提案
専門家を活用するタイミング
• 相続が発生してから:相続税申告と遺産分割のサポート
• 生前対策として:将来の相続を見据えた計画的な対策
特に生前から相談することで、より幅広い選択肢の中から最適な対策を選ぶことができます。
まとめ
相続税を安くするための遺産分割には、次の3つのポイントが重要です。
1. 計画性 – 生前から相続を見据えた準備を始める
2. 特例の活用 – 配偶者控除や特例を最大限活用する
3. 専門家の協力 – 相続専門税理士とコーディネーターのアドバイスを受ける
「こんなはずじゃなかった」と後悔しないために、早めの準備と専門家への相談をお勧めします。
よくある質問
Q. 遺産分割は相続税の申告期限までに必ず必要ですか?
A. 特例を使いたい場合は申告期限(亡くなった日から10か月以内)までの遺産分割が必要です。ただし、期限後に分割した場合でも、一定の手続きにより特例が適用できるケースもあります。
Q. 配偶者がすべて相続すれば税金はかかりませんか?
A. 配偶者の税額軽減により、1億6千万円または法定相続分のいずれか多い方まで相続税がかかりません。ただし、法定相続分を超えて相続した場合は、超過分に相続税が課税されます。また、配偶者が多く相続すると、二次相続(配偶者の相続)で子供たちの負担が重くなる可能性があります。一次相続と二次相続をトータルで考えることが大切です。
Q. 小規模宅地の特例は誰でも使えますか?
A. 配偶者や同居親族など、一定の条件を満たす相続人が適用対象です。条件は複雑なので、専門家に確認することをお勧めします。
監修者

宮澤 博
税理士・行政書士
税理士法人共同会計社 代表社員税理士
行政書士法人リーガルイースト 代表社員行政書士
長野県出身。お客様のご相談に乗って36年余り。法人や個人を問わず、ご相談には親身に寄り添い、 お客様の人生の将来を見据えた最適な解決策をご提案してきました。長年積み重ねてきた経験とノウハウを活かした手法は、 他に類例のないものと他士業からも一目置くほど。皆様が安心して暮らせるようお役に立ちます。